60年に一度

2013.09.14

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初めて行ったのは、約一年半前でした。
今年は60年ぶりになる出雲大社「平成の大遷宮」の年になります。
無事に御本殿修造が終わり、去る5月10日に本殿遷座祭が執り行われました。

私が訪れたのが一年半前でしたので、ちょうどそのころは
御本殿の大屋根に新しい檜皮を敷き作業を行っていた時でした。
出雲大社に向かうタクシーの車中で運転手さんに、御本殿を拝むことが出来なく少し残念だ、とこぼしたら、
「何言ってんですか、これから60年間見ることのできない仮御殿に大国主大神様が御遷座されているんですよ、こんな機会にご参拝できるなんて幸せですよ」と。

なるほど、
確かに、御本殿様はこれからも拝む機会はあるにせよ、60年に一度の遷宮は、
先ずこの先見ることは出来ないのです。

御本殿は1744年に造営されてから、これまで3度の遷宮が行われてきたそうです。
遷宮を行うのには意味があるそうで、

①木造建築の建物の維持
②社殿の建築など様々な技術の継承
③神社は清浄であることが必要、そのための遷宮
 (神々がリフレッシュされる)

と考えると、私が行った一年半前は上記のことが行われていて、
また、神々がリフレッシュ中、それに60年に一度の行事を拝めてこと、
まさに、こんな機会にご参拝で来て幸せでした。

先日、出雲に仕事で行く機会がありました。
生憎、とんぼ返りでしたので、出雲大社の御本殿様に参拝に行くことは出来ませんでした。

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出雲市の駅を始め、出雲の街々には“祝 出雲大社「平成の大遷宮」”と記された幕や幟があちこちにあり、町全体で奉祝されていました。

不思議なものですが、出雲の町は妙に空気が澄んでいて、
だんだん身体が清まっていく気になります。
これが神々の国 出雲のパワーなのでしょうか。
11月(旧暦の10月)には神在月(かみありつき)となり、全国の八百万の神々が出雲の国に集まる月になります。
(他の土地では神様が留守になるので神無月と言われるそうです)

年内には一度、出雲に行く機会があると思いますので、
前回ご参拝した仮御殿さまにご挨拶とお礼をお伝えして、リフレッシュされた
本殿をご参拝したいと思います。

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帰りには飛行機の時間を気にしながら、出雲そば(三色割り子)を食べてから帰路につきました。

三浦 祐士


サッカー日本代表戦で感じたこと

2013.09.12

サッカー日本代表戦にデビューしました(サポーターとしてです)。
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水曜日に行われた国際親善試合 日本代表VSガーナ―代表

駅からスタジアムに向かう道なりはサムライブルーのユニホームを身にまとった多くのサポーターでごった返し。
スタジアムにつき、試合開始が刻一刻と迫るとスタンドは見事なブルーに埋め尽くされていきました。
スターティングメンバーは本田選手、香川選手、長友選手などの海外組に加え、注目の柿谷選手も名を連ねました。
観客動員も6万5千人と発表され、スタジアムの盛り上げりもヒートアップする中、試合開始のホイッスルが鳴り響きました。

前半にガーナ代表に先制された日本代表は、後半に入り香川選手、遠藤選手、本田選手の得点で、見事、3対1の逆転勝利でこの試合をものにしました。
2014年ブラジルW杯まで9カ月余りとなるこの試合で、大きな収穫を得たのだと思いました。

初めて代表戦を見に行ったので、そのスタジアムの広さと美しすぎるくらいの綺麗な芝。
スタンドを埋め尽くしたブルーのサポータたち、チャンスやピンチが訪れた時の歓声やため息、そしてゴールを奪った際に選手やコーチ、そしてサポーター達が一体感になる歓喜。
テレビ観戦では味わえない真剣勝負のリアリティーを感じました。

日本代表の選手たちは、日本代表としてのプライド、日本人の期待を背負い戦っているのだと改めて思いました。
スタジアムだけで6万5千人もの人たちの注目を一気に浴び、ミスをしても取り返そうとする姿勢、あの広大なグランドを休むことなく90分間走り続ける力、そして、勝利を収める為の惜しみない努力、本当に素晴らしいと思いました。
この日本代表の選手たちは年齢でいうと20代の選手たちがほとんどを占めています。

改めて思いましたが、まだ、記憶に新しい、6月4日に行われたW杯最終予選のオーストラリア戦。
この試合で勝つか引き分ければ5大会連続の5度目のワールドカップに出場する大一番でした。
両チームとも慎重な立ち上がりで試合は始まり、両チームともチャンスは作るものの得点には至らず、前半はスコアレスドローで終わりました。
後半に入り日本はゴールチャンスは作るものの相手キーパーの好守にもはばまれ、なかなか得点を奪えません。
後半22分に絶好の位置でフリーキックを獲得するものの本田選手のシュートはゴールキーパがキャッチ。
試合は終盤に入り、オーストラリア選手が放ったクロスボールが川嶋選手の頭上を越えゴールネットを揺らしました。
後半37分にオーストラリアに先制されてしまいました。

日本代表は選手交代をしながら、同点のゴールを奪おうとし、43分にまたも好位置でフリーキックを獲得しました。
この場面でも蹴るのは本田選手。
慎重にゴールを狙いましたが、ボールが長くゴールラインを割ってしまいました。
同時に起こるサポーターの溜息・・・
時計の針は試合終了時刻の45分を指し、残すところロスタイムのみになりました。
この日の歴史的瞬間を諦めかけた人も多かったのではないでしょうか。
それでも選手たちは試合終了のホイッスルが鳴るまでピッチに立ち続け、ボールを追いかけていました。
この日を歴史的瞬間にするために。

この日、日本が勝つか引き分けると、世界最速でのワールドカップ出場が決まり、日本にとっても5大会連続となる、日本代表にとっても日本サッカー界、増しては日本にとっても重要な一戦だったことは間違いありません。
この大事な大事な一戦のロスタイムに最大のチャンスが訪れました。
相手選手のハンドによるペナルティーキックの獲得です。
試合残り時間はほとんどありませんでした。

このペナルティーキックを決めればワールドカップ出場は決定的になることは確実でした。
この最大の重圧のある場面、スタジアム内、テレビで観戦している何百万、何千万の日本人の注目と期待を一気に背負ったのが、またしても本田選手でた。
ペナルティーキックを獲得したと同時に、自らポールを拾い他の選手を制て、自らの意志で全ての日本人の期待を背負うことを決断したのでした。

奇しくも、この試合、本田選手は好位置でフリーキックを2度蹴って、2度ともゴールには至っていませんでした。
この時、本田選手は26歳という若さです。

サッカーなどのスポーツの世界では26歳という年齢は、経験も積み体力的にも恵まれチームの中心的存在になることが多いのだとは思いますが、一般的社会では大学を卒業し3年、4年目の社会人で会社や社会に慣れてきた年頃ではないでしょうか。
上司、先輩に言われたことを丁寧にこなしアシスタントに徹し実力をつけていく。
社会や組織の理不尽さを感じながら色んなことを経験していく時期でありす。

この場面でペナルティーキックを蹴るということは会社に置き換えると最も重要な仕事を確実に熟さなければいけないということでした。
しかも、失敗は許されない、会社の将来を左右する様な大事な大事な内容の仕事です。
一般社会でこの大事な仕事を26歳という若さでこなすことができるのでしょうか?
しかも、この日2度好機をものに出来なかった青年に、会社は将来を託すことが出来るのかと思いました。
スポーツ界と企業などとのスタンスは違うものの、本田選手は26歳という若さで、最も重要な重圧のかかる仕事を自ら買って出たのでした。
ミスをすれば全ての日本人を落胆させるかもしれない場面で。

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しかし本田選手はこの重要な仕事を見事にやってのけたのでした。
しかも失敗は許されない場面でゴール正面を狙って思いっきりシュートを放ったのでした。
ゴールに向かい自らの揺るぎない気持ちと日本人の期待を思いっきり正面に蹴り込んで相手キーパーにセーブされたらしょうがないと思ったのでしょうか。
ミスをしたら全責任を自ら背負う覚悟で挑んだのでしょうか。
どちらにせよ、この26歳という若さで何百万、何千万の日本人の期待に見事に答えた本田選手は本当に素晴らしいと思いました。

勝利こそは逃しましたが、この本田選手のPKでの得点で日本は見事に5大会連続のワールドカップ出場を手にしたのでした。

試合後、本田選手はこんなコメントを残していました。
「PKはけっこう緊張したんですけど、真ん中に蹴って取られたらしょうがないと思いました」

日曜日の早朝には2020年 東京オリンピック開催というビックニュースが舞い込んできました。
7年後には、この日本で東京で世界最大のスポーツの祭典が開催されます。
これからの日本をどんどん若い力で盛り上げていくのかと思うととても楽しみです。
僕らも負けずにより一層頑張らなければいけません。

三浦