music

人間勝手なもので、夏の間は全く聞きたい気分にならなかったのですが、少し涼しくなってきたとたん、重ための交響曲が朝のプレイリストに入るようになってきました。

チャイコフスキーの悲愴だとか、ブラームスの交響曲4番とか、マーラーの巨人とか・・・。
ここ数日の掃除タイムのお供です。(なんていったら怒られそうですが)
マーラーの交響曲第1番「巨人」は、今朝は今年の1月にサントリーホールで聞いたアンドレア・バッティストーニで。
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注目株の27歳若手実力派のイタリア人。
久々にあの人の指揮はすごい!!というレコード会社勤務の方のお墨付きあり。
録音もよく、弦楽器の響きもよくバランスのよい演奏で、聴いておりましたが今朝はたと、1楽章の5分過ぎた当たり音が弾む演奏にディズニー映画を少し連想し、「ほう」と他の人の演奏を聴いてみました。
とりあえず有名なワルターをと思ってかけてみると、弾む感じはなく随分印象の異なるものでした。
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無知をさらしますが、ワルターはマーラーの弟子だったのだとか。
そう考えると、ワルターの演奏がオリジナル(作曲者の考えるもの)に近いのか?と思ったりもしますが、そこは割り切って、「色々な演奏があって、それを享受できる」時代と環境に幸せを感じます。
ミステリーのプロファイリングじゃないですが、色んな「巨人」を聴いてみるのも面白い。
それこそ今の時代たくさんの演奏家のものを簡単に手にすることが出来ますものね。
50年も前からすると驚くべきことなんだろうと思います。
マーラーの直弟子のドイツ人と、現代の若手イタリア人。
国も時代も違う後者の方が圧倒的に不利なように思えますが、こればっかりは自分で聴かないとわからない。
なにせ私たちも「今」を生きてますし・・・、「美」の基準は変わりゆくものと読んだことがあります。
なんにせよ若手の人が育って行くと生で聴けるから楽しいな!
「巨人」と言えば、この絵も思い出しますが、これも実はゴヤじゃなかったんだとか。
ゴヤの助手の絵だったということをプラド美術館が発表しているそうです。
絵は変わらないのに、誰が書いたかということで見る側の意識が変わるのは変なものですが、人はそういうのに弱いんですよねぇ。
何をもって良しとするかは、評論家でない限り自分の感覚を信じるしかないなぁと思う今日この頃です。
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