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ここ数年でアルバムを聴いて、ぜひ一度ライブを聴いてみたいと思っていた1人が、JAZZシンガーのセシル・マクロリン・サルヴァント。

ちょっとこの強そうなジャケットに怯まずに聴き始めると、「嵐が丘」を、昔からの言い伝えが風に乗って運ばれてきたみたいに聴かせてくれる。そのあとは、ちょっとファンキーさもあり、好みが分かれるところかもしれませんが、この歌唱力は必聴で、これはライブはさぞかし、、と思ってずっと行きたいと思っていました。

ずっとと言いつつ、あ、来日してた、、あ、予定あっていけない、、と思うこと2回。知ってから3回目にしてやっと!

(おそらく)イッセイ・ミヤケのビビッドな色のドレスで現れた彼女は、やはりステージでは自由!

10年くらい前に聞いたD.D.ブリッジウォーターを思い出しました。(彼女はもう途中からステージ上で靴脱いでいたけれど、その要素ありそう)

ピアノやベースと調子を合わせながら、自由自在な喉、そして舌。

このジャケットが物語っていますが、彼女の赤い舌が、音を自由に扱う。昔読んだ高橋睦郎の詩を思い出しました。今は差別用語になってしまった黒人を表す言葉を使った詩だったけれど、学生の私には衝撃的で刺激的だったけれど、それはとても素敵な詩で音楽的だったのでした。

彼女の自在に動く舌とそこから生まれる音、音楽、響き、言葉、どれもピッタリ当てはまらないのだけど、あ、生命みたいな感じに近いかな。それにずっと目が奪われました。そして歌の合間でthank youという時にその舌は白くきちんと並んだ歯に隠されてしまう。

一方で、35歳の彼女が歳を重ねていく中で、技巧に走ることなく、歌心を掘り下げていってほしいなとも思ったりして。余計なお世話だけれど。

高い声、低い声、ピッチ、あまりに自由になんでもできると、その面白さを聞くのも楽しいけれど、最後は歌心だと思うのです。

今日、深く響いたのは、1700年代とかのフランスの古い歌と言って歌い始めた、民謡のような雰囲気の歌。多分Melusineというアルバムに入った、D’un feu secretという歌なような気がしますが、アレンジはライブではごく普通でライブの方がこの歌の良さが伝わってきました。

昔の民謡は歌の上手な人がこうやって歌い伝えてきたのかな、と思わせるような、しみじみした良さがありました。

どんなふうに変わっていくのかな。追いかけていきたいアーティスト。

(竹田)

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