ニーナ・シモンの「Love me or Leave Me」について書いたことがありますが、そういえばこの曲、どんなアルバムに収録されていたのかな、と探して出会った1枚。
Jazzは曲を追いかけて知らなかったアーティストに出会うことが多く、派生してアーティストのアルバムを追うようになります。まさにその1枚。
このアルバムがニーナ・シモンのデビューアルバムであることは知らなかったし、
割合因縁付きのアルバムであることも知りませんでした。
というのも、このアルバムは売上的にも成功したのに、レコード会社(ベツレヘム)にあまり待遇してもらえず、レコード会社を変えるきっかけにもなったもの・・らしい。
レコード会社のことはよく知らないけれど、BETHLEHEM(ベツレヘム)というと、クリス・コナーの代表とも言えるソロのデビューアルバム「Sings Lullabys of Birdland」(1954)が、このレコード会社の第一弾・・・とはWikipedia情報ですが、1953年設立でその前からポップスなどはリリースしているようなので、そのあたりどうなのでしょう??
クリス・コナーの他には、フルート奏者のハービー・マンの「Flamingo」というアルバムも好きですが、これはハービー・マンのデビューアルバム。
なんだかデビューアルバム、どれも大当たりじゃない!?
「BETHLEHEM」への信頼が高まります。
しかしながら、ニーナ・シモンはこのアルバムの後移籍。(しかも移籍後に彼女の了解を得ずにレコード会社側が勝手にもう1枚をリリース。その内容はデビューアルバムのセッション時の残り物?)
クリス・コナーもハービー・マンも1、2年でレコード会社を変わっている。
ニーナ・シモンの移籍の話を読むと、締まり屋なレーベルだったのかなぁと勘ぐってしまう。
株のディーラーだった人とプロのドラマーが組んで設立したというので、意外とお金にシビアだったのかもしれません!?
しかし、隠れ名盤がたくさんあるので、他も聞いてみたいものです。
ニーナ・シモンのアルバムに話を戻すと、噛めば噛むほどスバラシイ1枚。
しばらくは「Love me or Leave me」ばかり聞いていたのですが、タイトル曲の「Little Girl Blue」などすごくよい。
この曲は、落ち込んでいる少女に、もう落ち込んだって仕方ないよと諭すような内容。
大人の恋とかよりは、もっと若い時の失恋とか、あるいは大人になる直前の女の子の悩み(大人にしてみれば取るに足らないようで、本人にとっては自分のサイズと同じくらい大きな悩み)とか、
そういうのを大人の、人生の先輩が「気持ちはわかるけど、もう悩むのはおやめ」というような歌。
ニーナ・シモン のこの曲がとりわけ素敵なのには、深い語りかけるような歌い方の他にもう一つ理由があります。彼女は、クラシックのピアノから転向したのでピアノ伴奏もしていて、それがクリスマスキャロルの「慈しみ深い王ウェンセスラス」なのです。
このお話は、城から外の雪景色を眺めたウェンセラス王が、寒さ厳しい中貧しき者に付きそって自ら歩いて薪や食べ物を運んで結構な距離歩いていく、するとそのうち不思議にも足元の雪が溶けて困難が柔らぐいうようなお話。
寒い中でもどこかから慈愛に満ちた人が見ている。
力ある人が心身ともに寄添い、導いてくれる。
その人の後を一生懸命ついて行くと、幸せが訪れる。
・・そんなクリスマスキャロルの内容は、この落ち込んでいる「Little Girl Blue」にそのまま伝えたいこと。
悩んでいても仕方ないよ。
きっと誰かが見ているよ。
前を向いてごらん。
冷たく突き放すような歌詞(ことば)とは裏腹に、慈愛に満ちたピアノの響きとニーナ・シモンの歌声。
もしかしたら、これは少女だった自分に歌っているのかもしれません。
これはもう名曲。
そして、このあとに続くのが「Love me or Leave me」というのも、結構オモシロイ構成の1枚。
ちなみに、「Little Girl Blue」の前に「He needs me(彼は私が必要)」とあるのも興味深い。
「He needs Me」
彼は気づいていないけど、私のことが必要なの
・・からの
(そう思っていたら見当違いで)
「Little Girl Blue」
落ち込みまくりの
(壁を乗り越え強くなって復活の)
「Love me or leave me」
愛するのか別れるのかはっきりせい!
(強くなってる!?)
・・なんていうのは、ちょっと穿った見方ですが、世の中の基本とも言えます。。。
ちなみに、このアルバムで、ニーナ・シモンはちょっと左寄りに定位します。
彼女はピアニストでもあり、ピアノを弾きながらなのだからだと思います。