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先日面白い論争に居合わせました。

ケーブルで音が変わる・変わらない論争。
、、、もちろん音は変わるのはどちらの立場でも分かりきっていることで、要はケーブルで音が変わることに意味があるか・ないか。

一方は、電力が大元から流れてきている時にケーブルの配慮などされていないのだから、その末端のオーディオのところだけお金をかけても意味はないという意見。

もう一方は、オーディオはケーブルでこそ音が変わる!直近のところで変わるのだ!という意見。

私は、どちらの意見もわかるなぁと、どっちつかずのなんとも曖昧な態度。よくないなぁと思いながら、どっちかなぁと結論の出ないまま、頭の隅にピン留め📍してました。

今朝、ハタと「あ、神頼みする人としない人かも」と思いました。もしかしてなので、まだ統計取ってないですが。

要は迷信深いかどうか、ということかもしれませんが、そこに身を置いてみると自分のことをうまく説明できそう。

私は無神論者というほど神様居ないとも思ってないけれど、無宗教。しかしながら、毎日銀座の近所のお稲荷さんにご挨拶に行きますし、新年のお参りや、京都の伏見稲荷に商売繁盛を願ってお参りに行っては、お礼参りに行ってというのは、京都に足を踏み入れたら必ず伺います。

考えてみると、ケーブルもそんな感じ。ケーブルの違いはわかるけど、そんなにその違いに気にしない。でも「これ、イイね」と思うものは、信じて必ず使う。

ケーブルとの付き合いには色んな考え方があります。今後は「イイ音出したい時、神頼みしますか?しませんか?」とアンケート取ってみようかしら、、。

(竹田)

メトロゴンはこんなふうに治りました。

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