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「卒業写真」に登場する「あなた」は、荒井由美本人によると恩師なのだと言う。

てっきり当時の好きな人に想いを寄せた歌だと思っていた。「ときどき叱って」というのだけがピンとこないことではあった。なるほど。

「恩師」と聞いて思い浮かぶのはただ1人。中学の時の国語の先生。私は先生という職業に憧れてその道を目指したくらい、たくさんの素晴らしい先生に出会ってきたけれど「恩師」という言葉に当てはまるのはただ1人。

生徒にも、他の先生にも、そしてご自身にもとても厳しい方だった。当時50そこそこだったと思うけれど、長身の上背筋がいつも伸びていて、彼女の生き方そのもののようだった。きちんとセットされた白髪混じりの髪は乱れることがなく、ペンシル型の膝丈のスカートにゆったりしたジャケットや柔らかいブラウス、品があって「女史」といった感じ。大きなおおらかな美しい字、型にはまった正義感ではないが、なあなあにしない、いいことと悪いことにはっきりとした態度を示す。誰ともベタベタすることはなく、先生たちからも一目置かれていた。

女子高の先生のような雰囲気で、泥まみれの男子やいろんな家の子が通う公立の中学を先生が選択されたのが不思議なような気もするけれど、とても愛情深い人だったんじゃないかと思う。後々同級生との間で先生にかけられた言葉などが話題に上ると、生徒のことをよく見ていて、きちんと言葉に出していた方なんだなと思う。

先生は昔結婚してその後離婚して、今は猫と2人暮らしという、PTAの噂かそんな話が生徒の耳に漏れ聞こえてくるのも学校という特殊な場によるものかもしれないけれど、子供ながらになんだか聞いてはいけないことを聞いた気がした。

先生からもらう評価はいつもとても厳しかったが、紛れもなく正しい評価に思えたし、AとかAにプラスがついた日は本当に嬉しかった。ダメな時は何がダメが端的に言葉が添えられてあって、以前にもここに書いたことがあるが「読んで勉強になった」という感想に、「勉強する必要はない。感じなさい」と書かれた言葉は、あらゆる時に思い出される。

卒業後は年賀状だけのやりとりで「先生の言葉を今も思い出します」と書いた年には「そんなこと忘れておしまいなさい」とどこか笑った表情の文字が浮かび、「また叱っていただきたい」と書いた年賀状が宛先不明で戻ってきて最後になった。

何か具体的に背中を押してもらったとか、そういうことはなかったけれど、先生の伸びた背筋が、きっとお年を召されてもそのままで、生き方は変わらないだろうと思う。そういう指標みたいな存在がずっと根底にある。

とてもじゃないけれど、私には教師という仕事は無理だと思って早々に方向転換して、揺蕩ううちにこの仕事に辿り着いた。

詞の受け取り方は人それぞれ、聴き手の自由で、いろんな思いを重ねられるのは、その歌がもつ普遍性によるものであって、それも名曲たる所以なんだなと思うけれど、卒業写真の歌の相手が恩師と聞いて、私にはこの曲が別の色合いを持ったかけがえのない歌になった。

(竹田)

 

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