BLOG

時々ハマる本に出会うと、食べる暇を惜しんでもページをめくりたい衝動にかられ、されど腹は空くものだから、お行儀の悪いことと承知の上で本を片手に、、、というときがあります。

おそらくそういうことが一部の人にはあるから、スティーブン・キングの古書の間に食券が挟まってたりするのでしょう。

今、そんな感じなのは、高峰秀子の自叙エッセイ「わたしの渡世日記」。

大女優を白黒の映画で観たことはあるものの、「女が階段を上る時」とか「華岡青洲の妻」とかで、ツンとした媚びないコワもての女性というイメージで(特に華岡青洲のはコワイ姑だった、、。若尾文子の新妻が不憫)、あまりよくは知らずにいた女優さん。

実家に何冊か積まれた中から、子守唄ならぬ子守読書で「にんげんのおへそ」というエッセイを手に取ったら、ゴールドベルクではないけれど、寝付けない夜に一気読みして、次にこの自叙伝に手を伸ばしたのでした。(そうして空想を巡らすと、ゴールドベルク変奏曲は、不眠症の伯爵が寝られるような曲を依頼したとか、寝られない夜を楽しめるようにとか、色々逸話があるけれど、きっと寝られるようにと作曲したら、寝られないほど楽しんだ、、とか!?)

この方のテンポと歯切れの良い語り口や、びっくりするような波乱の人生とかが、ページを先に先にと進ませることもあるかもしれないけれど、昭和の良い時代の人間風景や、貧しいけれど心は豊かに感じるこの時代、高峰秀子の観点に、どこか自分が渇望するものを感じるからなのかもしれません。

こういうの、今の映画人に見て欲しいなー。

ちなみに、なまな歴史や軽いゴシップとしても面白い。広辞苑の新村出の章では、抱腹絶倒。

(竹田)

コメントは利用できません。