まず断っておくと、この曲についての詳細はまだ知りません。
今の段階で知っていることは、
・1910年に初演
・初演は大成功で、そこにはトーマス・マンやシェーンベルグなどの文化人たちが集った
・2部構成
・前半はラテン語の讃歌、後半ゲーテの「ファウスト」
・合唱が入りまくり
・合唱850人くらいを含み、まさに1000人くらいの規模で演奏する
あと、歌の意味とかもまだ調べていないですし、ほぼ何にも知らない状態で感じたことを書きます。
発端は、飯田有紗さんがインバル指揮都響のコンサートを聴いて感動し、ポッドキャストのテーマで扱おうということになり「何にも調べてこなくていいからとりあえず聴いてきて」ということで聴いたのが始まり。
そもそも、「1000人の」なんてついている時点で興味が湧かず、数だけで勝負したんじゃないか、巨大さだけなんじゃないか、こんなこともできるぞ的に奇をてらったんじゃないか・・・そんな感じで食わず嫌いで避けて通ってきました。
(割と大変そうなものから避けがち)
いい機会だしと聴いてみたら「あ、この冒頭聞いたことある」
・・と、聴くうちに、いえ、そのうちではなく最初から引き込まれました。
頭に浮かんだ言葉は、
「全肯定」「多幸感」「高揚感」
マーラーは捻くれた人だと思っていましたが、この「全肯定」の感覚は何でしょうか。
赦される・・というより、性善説的な感覚。
人は喜びの中に生まれ、生きていく感じ。
翳りが忍び寄っても光が差す。
但し、ただのネアカとかではなく、密度高く様々な面を持った人間の内側に広がる宇宙が多幸感にあふれ、発光する感じ。
聴いていると力がみなぎってくる・・そんな風に聴いていると長くも感じず、マーラーは晩年においてこんな曲を書くことができたなんて、なんて幸せな人生だったんだろう・・。
そんな言い方、マーラーの抑圧された子供時代などやその時代感など無視するようですが、単純に曲を聴いてそう感じたのでした。
ちなみに、最初に聴いたのはラトル指揮のベルリン・フィルで、これでしばらく聞きました。
ドゥダメルのロサンゼルス・フィルなどもいいな。
ハンサムな若き指揮者マケラのロイヤル・コンセルトヘボウは、祝祭感が強め。
もう少し聞き込んだら、音楽を改めて深堀りしたいですね。
今はただただ幸福感に浸って聴いています。
(竹田)










